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11月の言葉

お伽噺「花咲かじいさん」には、最初に、子供のいない正直じいさんとばあさんが登場する。

じいさんとばあさんは白い犬をわが子のように大切にする。

「ここ掘れワンワン」と裏の畑で犬がなく。

次に、いじわるじいさんとばあさんが現れる。一言でいえば、勧善懲悪なのであるが、

善きことを積み重ねることは、簡単なことのように思えるのだが、途方もない愚かな行為の

積み重ねなのである。

それは、「今何をしようか」という将来を期待しての行事ではなく、「今何をしているか」という

足元の実践の積み重ねを教えているのである。

子育ての基本は、苦しい時も辛い時も悲しい時も、その小さな手で、その小さな足で何を

しているのかという積み重ねの体験を大切にすることである。その愚かしくも思える善良な

生き様と、他の行いをゆるしていくやさしさが、一つ一つの結果を生み、幾多の辛さを経験

しながら、枯木に花を咲かすのだろう。



「幸(さいわ)い」は「幸(さきわ)う」から出た名詞であると言われる。

「幸(さきわ)う」は言霊の「幸う国」が示す「盛んな」とか「栄える」を意味する。

これは草木が盛んに繁り、五穀豊穣で栄えてゆくさまから生まれた言葉である。

「幸(さち)」は「海の幸、山の幸」を意味するもので、人間が生み出すしあわせではなく、

大自然から与えられる恵みを表すものである。与えておしみない大自然の恵みを

感謝して受け止めることに、日本人の幸ある生活があったのである。

「福」という漢字は「示」へんと、「畐」の作りよって組み合わされている。

「示」へんは、物の重さを量る「秤」で安定を意味する。作りの「畐」は、

字の如く一、口、田を組み合わせたものである。「一口で食べられる田のあることを

安定(満足)することが「福」である」と解釈することができる。福はつつしみを知ること。

足るを知ることを意味しているのである。

恵みは区別も差別もなく、等しく与えられる。人には生まれる前から、空気があり太陽があり

草木が育まれている。生きるのではなく、「生かされている」のである。この恵みを

感謝をもって受け止めることで、豊かな生活が営まれるのである。

私たちは無欲とか無心に程遠い毎日を生きている。ただ「生かされて生きる」恵みを

知る生き方と、「ゆるされて生きる」少欲の生き方に、多くの人たちの「幸福」が

約束されることを、先人たちが教えてくれていることに感謝するばかりだ。
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